法曹養成におけるRIMEモデル
医学教育の世界では,RIMEモデルという言葉がある.
R = Reporter 状況を正しく報告できる
I = Interpreter 状況を医学的に解釈できる
M = Manager 状況を踏まえて対応策を立案し行動に移せる
E = Educator 自身が仕事をするだけでなく後進を育成できる
この段階に沿ってスキルが成長していくというモデルである.
この区分けは,SOAP方式のカルテ記載とも親和的である.
チーム医療が常識ともいえる医学の世界では,まずReporterとして状況を正しく上級医に報告できるようになることを目指すというのである.
実は,これは医学の世界にだけ通用するものではない.
私も裁判官任官当初,一足飛びに結論を書いたメモを部長に持って行っては
「僕はもう歳だから,前回どうなっていて,今回何が出てきたか教えてくれないと分からないな」
と言われたものである.
その意味はいうまでもないだろう.
思い返せば,その後も法律評価を添えられるようになり,期日進行の意見を言えるようになり,徐々に仕事が回せるようになっていったのであった.
これは,合議体というチームでの仕事を通じて,左陪席裁判官という新人を育成するシステムの恩恵を受けていたことに他ならない.
翻って,弁護士の世界ではどうか.
弁護士には,チームで案件を処理するという文化が根付いていない.
したがって,「事件は一人で処理するものであり,他人にその内容を報告するなどということは暇な時にする雑談程度のものでしかない」という意識も根深い.
RIMEのRがないのである.
そして,弁護士にはカルテも調書もないので,意識して作成しない限り,依頼者からの聴取事項や期日での内容を整理した記録はない.
驚くべきことに,多くの弁護士がもっぱら自らの記憶に基づいて案件を進めていたのである.
何たる記憶力!
弁護士に転向してまず第一に衝撃を受けたのはこの点である.
その一方で,「道理で裁判所が出した指示のほとんどが守られないわけだ…」と妙に納得したものである.
それは措くとしても,これでは弁護士としての判断の内容を振り返ることはおろか,前提となる状況を確認することもできない.
仮に一人で事件を処理しているのであっても,将来の自分に対するReportは必要になるだろう.
これをないがしろにして事件処理を続けていても,あやふやな記憶とカンに頼り,ごまかすのがうまくなるだけで,成長はない.
私が事務所の業務改革をするに当たり,真っ先に手をつけたのもこの点である.
案件はすべてチーム受任とする.
進行管理は,問題点ごとに,依頼者からの聴取事項,証拠や弁論に顕出された事項,法律判断の内容,処理計画に整理して記録し,共有する.
事件の処理方針は全員で合議して決定する.
などなど….
改革に当たっては,反対も根強かった.
「報告などしている暇はない.」「忙しくて記録なんてできない.」「情報の整理なんて難しくてできない.」「ごっこ遊びみたいな話に付き合ってられない.」
という声を何度も聞き,説得し,なだめすかして,「その方が後々ラクになるから,騙されたと思ってやってみてくれ」と拝み倒した.
勝手にやらせてくれ,ということである日突然事務所を去った先生もいた.
それでも何とか残ってくれたのが今のメンバーである.
当然ながら,現段階でも,課題は山積みであり,私たちのシステムも完成されたものとは到底言えない.
弁護士業界でのRIMEモデルは,生まれたばかりのいわば「赤ちゃん」である.
良いところを伸ばし,問題を解決しながら,大事に守り育てて行きたい.
そして,私たちだけの秘伝ではなく,新しいプラクティスとして広く実践してもらいたいと思っている.
まず手始めに,ロースクールでRIMEモデルに基づいた道すじを教えるべきだろう.
医学教育に関して様々なモデルやプラクティスが体系化され,定着していることには,驚きを通り越して恥ずかしくなるほどである.
基本的な知識や診察の手技だけでなく,医療面接の仕方,カルテの書き方,プレゼンテーション,チーム医療の実践などなど,プロフェッショナルとして仕事をしていく上で必要なスキルを体系化し,養成するために多大な努力がなされている.
医学教育が一つの学問分野として成立しているのである.
これに対し,ロースクールでは,法曹として仕事をする上での技術は何一つ教えられていない.
法律相談すらまともにしたことがない状態で修習を終え,実務に放り出される新人弁護士も多い.
就職した先で事件だけを割り振られ,どう成長すればよいかよく分からないままに過ごすことになれば,哀れというほかない.
せめて,ロースクールで道すじだけでも教わっていれば,Reporterとしての目標が見えてくるはずである.
何も,医学教育がすべてにおいて完璧というわけではなく,すべてが法曹に当てはまるというわけでもない.
しかしながら,法曹養成というからには,法学部同様の法律の授業だけをしていればよいものではないことも自明であろう.
ロースクール構想を推進するからには,他分野からもよい点を取り入れ,法曹養成の体系化を試み,スキルの育成に本気で取り組んでもらいたい.
(K.O.)